――牧さんはいろいろな国で過ごされた経験をお持ちなんですね。
牧 ええ、生まれは横浜なんですが、1歳のころからブラジルに行って、日本で暮らしたのは小学校の4年間だけ。その後、ポルトガルに行ったりして、高校はブラジルで卒業。そして米国で大学・就職して、日本に戻ってきました。
――それはダイナミックですね。
牧 身になってないとは言わないけど、二度と繰り返したいとは思わないんですよ(笑)
――米国でコンピュータサイエンスを専攻されてますが、もともとコンピュータに興味を持っていたのですか?
牧 そういうわけではないんです。子供のころにプログラミングに触れたのは、BASICの「迷路」プログラムを書いたサマースクールぐらい。高校で進路を決める際に、親から「手に職をつけないと、大学の学費を援助しないぞ」と言われて「ならコンピュータサイエンスにするか」と、軽い感覚でした。
大学に入ってもすぐにC++で挫折しました。全然分からなくってね。それでもバイトでプログラミングを教えるようになって、少しずつ分かるようになってきた。もともと素養があったというわけではなかったから、普通の人と同じ感覚でいられた。それが教えるのには適していたんです。そこからまじめに入り込んでいきました。
――米国でストレージベンダーのNetAppに就職された。2000年ですから、まさにドットコムバブルがはじけるか、というころですね。
牧 まさにIT絶頂のころで、IT業界に進むのは自然でしたね。ただ、米国で仕事しようとすると、就労ビザの関係でなかなか思うようにはいきませんでした。米国にいる日本人ということで、当時ボストンで「日記猿人」というサイトをやられていた方と知り合い、彼がNetAppを紹介してくれたんです。
――NetAppではどういうことを?
牧 ツール屋でした。所属的にはQA(クオリティアシュアランス)チームだったのですが、僕はテストを1行も書くことがなかったんです。テストを24時間回して、結果を報告するというシステムをPerlで組んでいました。
それまではずっとJava屋だったんですけど、NetAppに入社するときに、ボスに「オブジェクト指向なんかくそ食らえだ」と言われて、Perlを使うようになったんです。
――デイブ・ヒッツさん(NetApp創業者の1人)の好みだったということ?
牧 そうかもしれませんね。
NetAppはもともとC言語しか認めないところがあったから、オブジェクト指向を振りかざすような言語を嫌っていました。それで、結果的にPerlが現実な選択になっていたんでしょうね。さすがに、僕がいた最後のころにはJavaも使っていたみたいですが、それでもWebのフロントエンドぐらいで、基本的には全部Cでした。
――日本に帰ってきて、さらにベンダーからネット企業へと転身されています。ギャップを感じることはありませんでした?
牧 ネット系の仕事は適当だなあ、というのはありました(笑) もともと僕はテスト屋でしたからね。ベンダーでは退行テストやストレステストなどを1カ月も2カ月も掛けてやります。それでやっと製品が出せる。ずっとそんな環境で生きてきたので、ネットのテスト期間の短さは新鮮な半面、ショックでした。
――今でもそうですか?
牧 今はバランスを考えるようになりましたね。実際、Webはかなりの部分がプレゼンテーション(UI)にありますから。でもロジックの部分はちゃんとテストしないと落ち着きません。
ここら辺はWeb屋といえども、しっかりやらないといけないところだと思うんです。いけいけどんどんでやってきた業界だから仕方がなかったかもしれないけど、そろそろプログラムのクオリティーを考える時期にきているのではないかと思います。
――そういう考え方がJPA(Japan Perl Association)の構想につながっていそうですね。
牧 そうですね。Perlと付き合って約10年、受託開発などもやってましたが、Perlはとても生産性の高い技術だと思います。さらに、どの言語と比較してもコミュニティがしっかりしている。自分はコミュニティに助けられてきたし、こういう経験はほかの言語ではなかった。そろそろ自分が恩返しする番になってきていると感じます。
Perlは誕生から22年ぐらい経っている言語なので、ハイプサイクルやバズワードといったところからは縁遠くなっています。だからといって「使えない」と考えてしまうのはおかしい。JPAを通じて公正な判断ができるようにしていければよいな、と。
――講演で「大人のコミュニティにしたい」と発言されています。
牧 Perlハッカーというのは、技術的に優れているけど一匹狼が多い。千尋の谷に突き落として、はい上がってきた人を助けたりはするけど、体系だって後進を育てるようなことができていません。それでは企業というのはPerlを使おうとしない。だから社団法人という枠組みをとって、ちゃんと行っていった方がいいと考えています。
技術の革新は既存のコミュニティがしっかりやってくれているのに、会社のトップやCTOに使ってもらうための活動ができていないのは残念です。
――企業はPerlをもっと生かせるということですか?
牧 10年前はCGI=Perlだったわけですが、みんながよく分からないうちにネットからコピペしまくって使った結果、Perl4とPerl5が混じっていたりするひどいコードが広がり、それを修正する人が誰もいませんでした。
当時のPerlは制限もあったけれど、今のPerl言語とPerlを使うためのノウハウは、当時よりはるかに進化しています。ビジネスに使える技術として、どの言語にも引けをとりません。あとはその知識をどうやって広げて、有効活用してもらうか、という点が足りていないと思います。
――なるほど、そのようなマーケティングが上手くできている言語があるとすれば、何でしょうか?
牧 明確な意思を持ってうまくいっているのは、Javaですね。今でこそコミュニティの要素が入ってきてるけど、最初の段階でSun Microsystemsがうまくやった。Sunの思惑を強く感じるところに最初は抵抗があったけど、サーティフィケーションからオンラインドキュメントまで全部そろっていた。それは今となっては正しかったんだと思います。
――正式発足直前で何かとお忙しそうですが、オフはどのように過ごしているのですか?
牧 いろいろなところを歩いていますね。海外が長かったから、外をゆっくり歩いて回る経験があまりありませんでした。その反動だと思うんです。海外じゃ1ブロック先に行くにしても、その距離が長いからどうしても車に乗ってしまう。今では3~4キロは歩いちゃいます。
あとは料理かな。プログラミングした後に、野菜をザクザクみじん切りすると達成感があって気持ちいいんです。
――今後はどういう方向に進んでいくつもりですか?
牧 いつまでもものを作っていたいというのはありますが、後進を育てていくことに興味を持っています。一度はプログラミングに挫折した経験もあるので、挫折したことがない人には分からない悩みも分かっているつもりです。Perlにこだわるつもりはないけれど、Perlの世界でもそんなことができたらいいなと思っています。
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